中国(シルクロード)の旅#23

2008年05月08日/ 中国

一生に一度と思える旅の便りです。『中国シルクロード』

天山三脈を越えウルムチ(烏魯木斉)へは、夕方17:00頃到着しました。

中国語、ウイグル語、英語の表記をされている。
私の大好物なケンタッキーです。

 

 



ウルムチ(烏魯木斉)は、大都会です。
昨日まで、沙漠にいた、我々は何だったのだろう?と夢のような出来事ばかりでした。


ウルムチ、上海を経由し旅を終えました。


現代では、乗り物が現れ非常に便利な世の中になってきてます。
先代の人々が拒んだ理由もわかるような気がします。
「一度足を踏み入れたら二度と帰れない」と言われるタクラマカン沙漠です。


一生に一度の旅に、したいものです。


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中国(シルクロード)の旅#22

2008年05月06日/ 中国

一生に一度と思える旅の便りです。『中国シルクロード』

『沙漠の夜間走行』

車内もひんやりしてきました。

あたり一面、星空満点の沙漠の風景に変貌します。

バスのドライバーさんは、我々が6日前にお会いしてから 『ずーーーーーと』
運転しっぱなしでした。

今度の不安・・・・

居眠り運転が私の頭をよぎります。

はやり、皆さんも同じように思ったらしく、懐中電灯を照らしながら

同行講師の『高良倉吉先生』の講義を聞き、歌を歌い、駄洒落も言いながら、ドライバーを飽きさせず、我々も睡魔と闘いながら、コルラ(庫爾勒)の街へ到着しました。

ホテルへのチェックイン午前05:00の事でした。 移動時間約16時間。


おやすみなさい・・・



翌朝、午前09:00に出発です。

今まで、お世話になった。ドライバーさんとここでお別れです。(写真左側)
彼は、更に5時間かけたところクチャ(庫車)で別のお客様をお迎えするようです。
私も別れ際ですが、涙がポロリと・・・出てしまいました。



別の大型バスに乗り換え、天山三脈を越えウルムチ(烏魯木斉)まで、約8時間のバスの旅が続きます。


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中国(シルクロード)の旅#21

2008年05月05日/ 中国

一生に一度と思える旅の便りです。『中国シルクロード』


『沙漠の中の助け合い』

バスに揺られ何時間たったことだろうか?

日中の気温38℃超す車内の中でのハプニング、クーラーを切られてしまいまいた。

理由を聞くと・・・・『ガソリン』がない・・・・・

節約してます。。。。。と・・・・・

暑さのなか、窓を開けると・・・・

沙漠の砂がバスに入り込んで、目や耳、終いにはのどまでやられてしまいました。
声もガラガラです。うわーん

燃料も無くなりかけたところ、対向車線に休息を取っているトラックが1台。
ドライバーがガソリンタンクを持って交渉。


無事に交渉成立でした。


 

2007年9月22日(土) 沖縄タイムス朝刊 26面に掲載しています。
(下記をクリックして下さい)
悪天候で欠航 再び砂漠縦断/シルクロードの旅



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中国(シルクロード)の旅#20

2008年05月04日/ 中国

一生に一度と思える旅の便りです。『中国シルクロード』

これからが、大変です。

来た道を再びタクラマカン沙漠を陸路で戻ります。

食料を買いにバザールへ戻ります。

水分補給の為の(お水・スイカ)、主食の(ナン)を購入。
看板娘です。
他ににも(ナン屋さん)ありましたが、やはり長蛇の列をつくってました。


準備も整い、いざ出発です。



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中国(シルクロード)の旅#19

2008年05月03日/ 中国

一生に一度と思える旅の便りです。『中国シルクロード』

沙漠の街も正直、飽きてきました。
いよいよ、国内線で新疆ウイグル自治区の区都、ウルムチ(烏魯木斉)へ向かいます。

朝から、現地のガイドさんが慌しい・・・・・

もしやと思いながらチェルチェン(且未)空港へ向かってます。

飛行機が遅れるようでした。

出発時間が未定のまま、近くのバザールで時間を潰します。
朝が早かったせいか、まだ店が開いていません。

徐々に人も集まりだし、しばらくの間ブラブラしてました。
 
 

時刻もお昼になりあらためて空港に行ってみると飛行機がなんと欠航です。

沙暴(砂嵐)の影響だそうです。

次に来る飛行機は、3日後のようです。1週間2便運行のローカル線でした。うわーん


いつもだと、朝に空港まで送ってくれてるバスは、帰ってしまうけど動物的な勘でしょうか?
たまたま、私はバスを待たせていたのでした。


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中国(シルクロード)の旅#18

2008年02月23日/ 中国

一生に一度と思える旅の便りです。『中国シルクロード』

若羌(チャルクリク)の便りです。
バスでこの旅のハイライトともいえる。『米蘭(ミーラン)遺址』へ向かいます。

<米蘭(ミーラン)遺跡>
米蘭(ミーラン)遺跡はかつて楼蘭王国に属していたタクラマカン砂漠の東端、チャルクリクから東へ約80キロの位置している古城です。イギリス人探検家、スタインによって発見されました。1973年には、数多くの貴重な文物が発見され、1989年には有翼天使像も見つかっている。現在では、風化と人的破壊を受け、米蘭大寺の塔の遺跡ではおおまかな形が残るだけで、周囲の僧房は見る影もなくなっています。また、寺院跡の基礎の部分に穴が開けられたり、壁画なども傷つけられていました。

特別に米蘭(ミーラン)遺址の貴重な写真を公開します。
        
1ショット 100元(約1.500円)の代物です。



※翌日に、私達はこの沙暴(砂嵐)の影響で波瀾な思いをするとは思っても見ませんでした。



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中国(シルクロード)の旅#ちょっとブレイクタイム#2

2008年02月20日/ 中国

一生に一度と思える旅の便りです。『中国シルクロード』


ちょっとブレイクタイム


高速道路(サービスエリア)の便りです。



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中国(シルクロード)の旅#ちょっとブレイクタイム#1

2008年01月31日/ 中国

一生に一度と思える旅の便りです。『中国シルクロード』


ちょっとブレイクタイム


高速道路(サービスエリア)の便りです。



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中国(シルクロード)の旅#17

2008年01月30日/ 中国

一生に一度と思える旅の便りです。『中国シルクロード』

且未(チェルチェン)の便りです。
且未(チェルチェン)は、前漢の時代に『且末国』と『小宛国』があり、後漢の時代には『桜蘭国』の支配下にあったオアシス都市です。また、且未(チェルチェン)は、小さなウイグル人の街です。ウイグル人が住民の約80%を占め、人口約5万人の小さな街です。解放路と団結路という2本の大きな通りが南北に走っています。ウイグル人のバザールや漢族向けの屋根付き市場があり、賑やかなのはその周辺だけでした。

朝に、『地主荘園』という所に行って、清朝時代のウイグル人の貴族屋敷を見学したあと、近くにいる男性が(文物管理所の人)と名乗っており(どうやら管理人兼、ガイドだと言っています。)次に向かう『且未(チェルチェン)故城』には、ジープでしか行けないと言うことなので手配をするから、1台200元でチャーターできると言う。。。私は、非常に不信感を持ち、とりあえず手配をせず、チェルチェン古城に向かいました。到着後、周りを見渡す限り、遺跡がありません。沙漠の中を徒歩で約1時間ぐらいの場所と言われ、渋々ジープを手配しました。
ジープを待っている間に『ザーグンルーク古墳』が側にあり、中の見学は有料だと言われ無視してました。(また、お金かよ!!)と心の中で叫び続けている私がいました。
ザグンルク古墳。1966年に農民が塩を探して掘っている時に偶然発見したと言う古代のお墓です。一家が何代にもわたり葬られていて、沙漠の中のこの建物の中に2000年以上前のミイラ14体がある古墳が保存されています。
〔参考〕「ザングル古墳解説書」のコピー

帰国してから、調べてみると見ておけば良かったと残念な思いをしました。
※反省:人を疑うべからず※

ジープが到着です。
道なき沙漠の中を目標目印に真っすぐ進み約10分ぐらい揺られ、。『古代且末国の城壁』且未(チェルチェン)故城へ到着しました。且未(チェルチェン)故城は、『且末県来利勒克遺跡』と呼ばれています。3千年以上前の遺跡で、沙漠の中に土の城壁などの残骸や動物の死骸、陶器の破片が散らばっていて生活の跡が残っていました。
<<且未(チェルチェン)故城>>
別名、ライリラク遺跡とも言われます。


この晩に若羌(チャルクリク)の街にたどり着きました。


2007年9月19日(水) 沖縄タイムス夕刊 5面に掲載しています。
(下記をクリックして下さい)
砂漠縦断 壮大さに圧倒/タイムス創刊プレ60年企画

※新聞掲載の写真の一番向こう側で写っている人が『私』なのですが、小さく写っていても体型で判ったようです。両親や友人からは、(新聞デビュー)だと言われました。(悲) アップで写っていないので残念です。。
 


※これから先(2日後)、私達はこの沙暴(砂嵐)の影響で波瀾な思いをするとは思っても見ませんでした。



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中国(シルクロード)の旅#16

2008年01月28日/ 中国

一生に一度と思える旅の便りです。『中国シルクロード』

タクラマカン沙漠の便りです。
タクラマカン沙漠(塔克拉瑪干沙漠)も日が落ち、気温も一気に下がり、夜を向かえ満点の星空の沙漠に変わります。


お月様より11時の方角に一番星、金星でしょうか?しばらく、星空を眺め慕っていました。


この晩に且未(チェルチェン)の街にたどり着きました。



※これから先(3日後)、私達はこの沙暴(砂嵐)の影響で波瀾な思いをするとは思っても見ませんでした。



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中国(シルクロード)の旅#15

2008年01月27日/ 中国

一生に一度と思える旅の便りです。『中国シルクロード』

タクラマカン沙漠の便りです。
沙暴(砂嵐)の砂ぼこりに浮かぶ白色の太陽です。

沙漠に思う存分足跡を残してやりました。(笑)

やはり沙漠では、もちろんトイレはありません。車を道路に停車し右側は男性、左側は女性という感じです。男性人は開放感にしたり、女性はかなり厳しいトイレ事情です。

沙漠縦断も中間地点です。辺りは石油、天然ガス等基地が多く見られます。

 


日も沈みがかり、お月様が顔を出し始めました。



※これから先(3日後)、私達はこの沙暴(砂嵐)の影響で波瀾な思いをするとは思っても見ませんでした。



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中国(シルクロード)の旅#14

2008年01月26日/ 中国

一生に一度と思える旅の便りです。『中国シルクロード』

タクラマカン沙漠の便りです。
塔克拉瑪干沙漠とは中央アジア、中国の新疆ウイグル自治区にある砂漠で、語源は、ウイグル語の「タッキリ(死)」「マカン(無限)」の合成語と言われ、「死の場所」「死の世界」と言われます。サハラ砂漠に次ぐ世界2位の面積を持つ砂漠であり、タリム盆地の270,000km²をしめる。北に天山山脈、南に崑崙山脈と6000~7000m級の大山脈に挟まれているため非常に乾燥しており、降水量は年に数ミリ程度。過去は海または湖だったとみられ、標高は非常に低く標高がマイナスの地域もあり、最低海抜はマイナス130メートル。天山南路はタクラマカン砂漠を南北に迂回するように分岐し、北が西域北道、南が西域南道と呼ばれる。周辺にはタリム河、ホータン河などの河川があるが、いずれも内陸河川である。なお、ホータン河は崑崙山脈の雪解け水が増える夏季のみタクラマカン砂漠を縦断し、タリム川と合流する季節河川として知られます。

周りの景色もガラッとかわり沙漠へ突入です。
  
  
 

 

永遠と沙漠の風景が続きます。

中央アジアの奥地に古代より人類の立ち入りを拒み続けてきた沙漠「一度足を踏み入れたら二度と帰れない」と言われるタクラマカン沙漠です。5世紀初頭、仏展を求めてインドに旅した法顕はタクラマカン沙漠の様子を「空に飛ぶ鳥無く地には走る獣もいない、見渡す限りの沙漠で行路を求めようとしても拠り所が無く、ただ死者の枯骨を標識とするだけである」と、記しています。又19世紀末から20世紀初めは、中央アジアでの探検や考古学的発掘が行われたが1895年希代の探検家スウェン・ヘディンも徒歩による踏破に挑戦して一度は失敗、彼に「死の海」と呼ばせたタクラマカン沙漠です。


※これから先(3日後)、私達はこの沙暴(砂嵐)の影響で波瀾な思いをするとは思っても見ませんでした。



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中国(シルクロード)の旅#13

2008年01月23日/ 中国

一生に一度と思える旅の便りです。『中国シルクロード』

これから、もう一つのハイライトのタクラマカン沙漠の便りです。
コルラ(庫爾勒)の街から、タクラマカン沙漠の入り口へ向かう途中の街並みです。辺りがほこりっぽくなってきました。また、食料の調達で『スイカ』や『ナン』を購入していざ出発!

まだまだでした。燃料を入れて再出発です!!だいぶほこりっぽくなってしまいました。


西域北道(天山南路)の輪台と西域南道の且未(チェルチェン)を結ぶ沙漠公路を約10時間をかけて縦断します。

※これから先(3日後)、私達はこの沙暴(砂嵐)の影響で波瀾な思いをするとは思っても見ませんでした。



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中国(シルクロード)の旅#12

2008年01月20日/ 中国

一生に一度と思える旅の便りです。『中国シルクロード』

コルラ(庫爾勒)の便りです。
辺りが暗くなってきて、街の様子を見ながら孔雀河の方に歩いていく途中に・・・
衝撃のオブジェです。・・・。

この街の生命線の孔雀河は、豊かな水が地域の水源となっています。向こう側には近代的な高層アパート群が並んでいます。地元のデートスポットにもなってます。この川のライトアップを見ていると,ここが沙漠のすぐ隣街に位置しているとは予想もつきません。



※これから先(4日後)、私達はこの沙暴(砂嵐)の影響で波瀾な思いをするとは思っても見ませんでした。



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中国(シルクロード)の旅#11

2008年01月17日/ 中国

一生に一度と思える旅の便りです。『中国シルクロード』

トルファン(吐魯蕃) ~ コルラ(庫爾勒)の便りです。
トルファン(吐魯蕃)からコルラ(庫爾勒)へ向かいます。私も始めて名を聞く都市のひとつです。石油開発で生まれ変わった都市ともいわれます。
コルラ(庫爾勒)は、新疆ウイグル自治区バヤンゴル・モンゴル州の州都で、天山山脈の南麓、タクラマカン砂漠の北縁に位置し、古来から東のトルファン、西のクチャ、南の楼蘭と三つの主要オアシスをを結ぶ要衝であり、幾度も紛争の舞台となってます。現在では、タクラマカン砂漠の石油発掘の前線基地としています。街の中心部では、孔雀河(くじゃくがわ)が流れ,北側は漢民族、南側はウイグル人の町としています。また、予想以上に近代的な街並みや広い道路、ほこりっぽい街が印象的でした。ただ・・ここは沙漠の入口の街なのです。


※これから先(4日後)、私達はこの沙暴(砂嵐)の影響で波瀾な思いをするとは思っても見ませんでした。



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中国(シルクロード)の旅#10

2008年01月14日/ 中国

一生に一度と思える旅の便りです。『中国シルクロード』

引き続きトルファン(吐魯蕃)地区博物館の便りです。

トルファン(吐魯蕃)一帯で発掘された文物やアスターナ古墳からミイラが展示させれてます。
 

 

驚いたのが、古墳から出土したミイラです。

張さんご夫妻です。
 

 

これらのミイラが唐代の出土だと驚く、ぐらい保存状態がいいです。


この度は、吐魯蕃地区博物館の館長さんのご協力によって撮影が可能になったものです。ありがとうございました。


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中国(シルクロード)の旅#9

2008年01月13日/ 中国

一生に一度と思える旅の便りです。『中国シルクロード』

引き続きトルファン(吐魯蕃)バザールの便りです。

バザールで見つけた。トルファン(吐魯蕃)美女です。



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中国(シルクロード)の旅#8

2008年01月13日/ 中国

一生に一度と思える旅の便りです。『中国シルクロード』

引き続きトルファン(吐魯蕃)バザールの便りです。

庶民の台所を支えるバザールです。
始めは、バザールの中に入って行くだけで勇気がいるような雰囲気でしたが、人なつっこい雰囲気に安心して、中へ進みました。

 

 

 

 

八百屋、食堂、香辛料の店、洋服屋、肉屋(羊)、等々・・・
そんなバザールでは、観光客相手のは商売では無くて、私達がカメラやビデオを手にし、場違いなような私達に対しても人なつっこい笑顔を振り向け、手を振り、気軽に話してくれます。オアシスの都市の雰囲気を感じました。


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中国(シルクロード)の旅#7

2008年01月12日/ 中国

一生に一度と思える旅の便りです。『中国シルクロード』

引き続きトルファン(吐魯蕃)の便りです。

<アスターナ古墳>



高昌国時代の貴族のお墓です。墓の中からは、絹織物、文書、陶器、貨幣、壁画などが発見されています。アスターナ古墳の一古墳の地下室へ通じる階段で、先にミイラ化した当時の貴族が眠っています。また、壁画は、埋葬された人の故郷を思う絵など描かれてます。
内部は、撮影禁止で注意です。




<火焔山>
赤い山肌がそびえる砂岩の山が目に入ります。西遊記で三蔵法師と孫悟空の一行がこの燃え盛る山に行く手をはばまれ、孫悟空がこの山の火を消すことができる「芭蕉扇」を手に入れ、芭蕉扇の持ち主の鉄扇公主と戦う話です。

<ベゼクリク千仏洞>
ベゼクリクとはウイグル語で「美しく飾られた家」と言われてます。現在では、石窟は83が現存してます。現在、公開されているものは全部で8窟で、発見当時は、外国探検家により仏像が持ち去れ、またイスラム教徒によって偶像崇拝を否定し、人や動物を描くことは禁忌で首や顔の部分から削られています。

 
ベゼクリク千仏洞窟の目の前に広がる砂漠で、ラクダと目が合った瞬間、撮りました。

その夜、ウイグル族の民族舞踊の宴を楽しみました。

 

 



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中国(シルクロード)の旅#6

2008年01月06日/ 中国

一生に一度と思える旅の便りです。『中国シルクロード』

引き続きトルファン(吐魯蕃)の便りです。

<高昌古城>
高昌古城は南北1.6km、東西1.7kmあり、城内は、外城・内城・宮城の三つに分かれており、最盛期には人口3万人、僧侶3.000人がいたと言われます。玄奘三蔵が天竺(インドの旧名)へ行く途中に漢の王に頼まれ2ヶ月間滞在し経を講じた寺院址も残っています。
 
現在では、寺院の近くまでロバで向かいます。

 
高昌城の中心、行政府や寺院のあった所を目指します。進んで行く道の両側にも、風化した建物跡が並んでいます。
玄奘三蔵が説法を行った寺院です。
 
  
壁龕(へきがん、仏像を祀る壁の窪みの事)、玄斐三蔵は講堂の中央に立って説法し、当時は僧が8.000人いたと言われます。

ウイグル人の歌の披露です。しかし記念撮影を撮るとチップ(20元)を請求されます。



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